慌ててエドワードの表情を見れば、ぽかんと驚きに目を見開いていて、自分の腕は、願望通りにエドワードの胸元に抱きこまれたのでは無い事が解る。
イーストシティでロイの女性からの人気は半端な物ではないので、道を歩くだけで何度と無く足止めされるし、香水臭い集団に囲まれもする。
全身使ってセックスアピールをしてくる女だって少なくは無い。
せっかく良い雰囲気になったと思ったらこれだ。
己の運の悪さを嘆き、そろりと視線を向ければ、案の定べったりと豊満な乳房を押し付けてうっとりと見上げてくる妙齢の女。
ほんの昨日までは、こういったアプローチも全て甘い微笑みで受け、時には流していたのだから。
巷に流れる噂は8割方真実であったし、今の現状をいくら悔やんでみたとしてもロイ自身の行いの悪さが招いた結果だった。
無理矢理でも振り解き、エドワードに弁解したい。
抱き締めて公衆の面前で、今は彼女が唯一であると声高に叫びたい。
そんな思いを押し込めて、危うく嫌悪に歪みそうになった表情を引き締めた。
無駄な笑顔は振り撒く必要は無い今、それでも軍の評判を貶める事は出来ないのでやんわりとしがみ付く腕に触れ、微笑んで見せた。
「マスタング様!私一度お目にかかりたいと思っておりましたの…、評判通り素敵な方ですのね。」
言いながらも女は両の膨らみで腕を挟みこまんばかりに上腕を寄せて押し付ける。
傷つけないように自由を取り戻そうとした瞬間、ロイの腕は思いも寄らぬ方向に引っ張られた。
それも、恐ろしい力で。
「うお!!」
「マスタング様!」
ちんまりと袖の端を握り締める、白い手袋に包まれた小さな手。
硬くて力強い機械鎧。
驚いてエドワードを見れば、俯き表情こそ見えないものの、肩が小さく震えていた。
勢いの良さに、油断していたロイの手は激しく痛んだが、少女が見せてくれた独占欲に胸が熱くなる。
「ちょっと!何なのよ、邪魔しないでくれない?子供のくせにマスタング様に何の用なの?」
唾を撒き散らし、怒りも露に怒鳴り声をあげる口紅で真っ赤に染まった口は、その表情と相俟ってまるでつい今しがたどこかで人でも食ってきたような醜悪さ。
子供の癖に、などと。
そんじょそこらの大人よりも大きな罪と罰を背負うこの子に、何一つ知りもしない女がよくも。
ロイの表情から笑みが消えていた。
凍り付きそうなほどの冷たい視線に、息巻いていた女が息を詰める。
「子供の癖にとは…、そういったことは外見だけで判断するものではない。私にとって見れば君の方こそ何の用なのか解らないのだが?」
「大佐…。」
ロイの腕を取り戻したものの、言い返す言葉も解らず唇を噛み締めていたが、恋人の発する冷たい声に驚いて顔を上げた。
嘗て見たことも無いような怖い顔をした男と、その怒りに当てられ恐怖に震える女。
しかしロイが自分の為に怒ってくれている事が嬉しくて、止めなければいけないと解っているのに躊躇してしまった。
「鋼の…エディ、君はもっと自由でいていいよ。」
大人のロイと恋をするには幼すぎる少女。
戸惑うその姿に、ロイはふっと視線を和らげて言った。
「大佐?」
「思っている事を言えばいい。私は君になら何を言われても嬉しいから。」
エドワードはその言葉に漸く肩から力を抜いた。
ちらりと一歩退いた女を見ると、口元ににっと不敵な笑みを刷き。
「これに触っていいのは俺だけだ!!」
きらきらとまっすぐな瞳を輝かせ、男らしく仁王立ちで叫んだのだった。
満足したのか、くふんと鼻を鳴らし、袖から手を離すとロイと再び手を繋ぐ。
ロイはと言えば、感動の余りに緩みきった表情を隠す事すらできていない。
女はとっくに走り去ってしまったというのに、中々動こうとしないロイの顔を覗き込めば、ただでさえ視線を集め目立ってしまっている状態を更に悪化させるように、ぎゅっと小さな少女を腕の中に閉じ込めてしまった。
「…っ!ちょ、大佐っ!!」
「エディ、凄く嬉しかったんだ。このままここでキスをしたいんだけど駄目だろうか?」
腰を屈めて肩口に顎を乗せ、そっと耳に流し込まれた言葉にエドワードは頬を染めた。
そわそわと揺れる身体を逃がさぬように益々強く抱き締めて。
それでもロイよりも冷静なエドワードはもがき続けた。
己の姿が何も知らない人間にどう移っているかを、何より理解している。
「駄目、大佐ホモだと思われちゃう!」
「問題無い。それだって君と弟が身体を取り戻したらすぐに解消できるしね。」
「そん……っ!んぐ〜〜〜!!!」
このままでは埒が明かぬと、ロイは返事を待たずにエドワードの顎に手を掛け、そっと上向かせて、その小さく甘い唇を貪った。
一通り舌を絡ませ、満足気に唇を離したロイは、ぺろりとエドワードの口端を舐め、立つのもやっとな恋人を支えて。
ふと、先程聞き忘れた疑問を思い出し、問い掛ける。
「ところでエディ、今日は一日どこに隠れてたんだい?」
「…ん、あるいてたらツバメの巣をみつけて…、教えたら喜ぶかなっておもって…でも。」
行くのも憚られて一人で観察していた。
エサを求めて飛び立った親ツバメを追いかけまわしていたのだろう。
確か、件のツバメの巣の前は一度通ったはずだ。
ロイは溢れんばかりの幸せに益々微笑みを深くし、エドワードの頬に優しくキスをした。
「明日は無理だけど、明後日は抜け出してツバメの巣を観察しよう?」
「うん!」
END
〜その裏〜
「おー…やっとなるようになったか。めでたしめでたしだな。」
「…ちょっと、大佐のキスはねちっこ過ぎませんか?」
ホークアイに弁明したは良いが、大佐を逃がした事を咎められ、頬にガーゼを当てたハボックと、苛々と曲がり角から大通りを覗き込む鎧の姿がある。
勿論遠目からではあたが、探し出した二人の行く末を見守る為である。
「まだ姉さん子供なのに、あんな凄いのするなんて!!破廉恥だ!」
「あ、アルフォンス…君?」
「絶対あの男、あわよくば今夜にでも姉さんの身体も頂いちゃうぜヘッヘッヘッとか思ってるに違いないんですよ。あーもー駄目、許せない。」
鎧姿には似つかわしくない、可愛らしい声が延々と不穏な言葉を、まるで呪詛のように呟いていた。
「お付き合いは認めてあげるけど肉体関係は許さないぞ!先っぽだって入れさせてやらないんだから!!勿論ハボック少尉も妨害するの手伝ってくれますよね?」
「え、いや、先っぽって…落ち着け、な?」
「勿論、手伝ってくれますよね?」
「は………い。」
ハボックの返事を聞いて、アルフォンスは口調をがらりと元の可愛らしいそれに変えた。
この変わり身の早さは一体どこから来るんだ。
あの不器用で可愛い姉と、この弟は正反対の器用さと邪悪ささえ持ち合わせていて。
ハボックは自分の末路を思い、一頻り涙を零した。
「ホークアイ中尉にも手伝って貰わなくっちゃ!うまく行けば大佐の仕事の捗り具合だって調節できるって言えばすぐ食いついてきそうじゃないです?」
うふふえへへあはは…
片や引き攣って、片や悪魔のように笑いあうと、ふっと鎧が動きを止めた。
「姉さん達動きますね、僕先回りします。少尉はもし大佐が姉さんの尻なんか触った日にはその銃で心臓狙って打ち抜いてくださいね。頼みましたよ!じゃあ!!」
ガショーンガショーンガショーン
アルフォンスの足音がトラウマになりそうだと、ハボックは重い溜息を吐き。
かと言って逃げ出すにはまだ命が惜しく、そっと二人の後ろを尾行していったのだった。
お付き合いありがとうございました。 |