走り続けていた先程なんかと比ではない程、心臓がばくばくと大きな音を立てている。
目の前に突然現れたエドワードを、あんなに必死になって探していたというのに、いざ向き合ってみたら恐怖で竦んだ。
この小さな国家錬金術師は告白してきたあの日より前まで驚くほどの語彙を持って、自分と対等に渡り合ってきた。
少女の言葉の奥深くに憧憬の想いが宿っていたのは気付いていたが、それはとても辛辣で、笑って流すのにとても苦労した事もある。
自分への一切の気持ちが抜け落ちた少女に、何か言われたら自分は一生立ち直れないような気がして。
それなのに、エドワードは何事も無かったかのように言葉を繋げた。
内容こそ告白ではなかったが、嫌うどころか、まだきちんと感情の篭った声で。
「またサボったのかよ。ちょっとは中尉のことも考えてやれよな〜。」
「鋼の…。」
「お、流石大佐、やればできんじゃん。怪我はしてないみたいだな。」
ちらりと足元に転がっている男を一瞥し、にっこりと笑う。
その余りの普段との違いの無さに、緊張のために込められていた全身の力を抜いた。
まだ間に合うかもしれないと、抱き締める為に伸ばそうとした両手にまだ発火布が嵌められたままなのに気付き、慌てて外してカッターの胸ポケットの捻じ込んだ。
今度こそ捕まえなければ、二度目はもう無い。
「エディ…っ!」
「ああ…それな、もういいよ鋼ので。恥ずかしかっただろ?人前でも強制しちまってたもんな、ごめん。」
「ちが…う。」
震えそうになる指先を叱咤し、漸く差し伸べられたのに、エドワードはすっと身を引いてそれを避けた。
あと数センチが遠い。
「エディ…エディ…、すまなかった私は…。」
「本当にどうしたんだよ。何か変だぞ?」
「エディ…抱き締めさせてくれ…。」
悲壮な面持のまま差し伸べられる大きな手を、エドワードは不思議そうな顔をして見詰めていた。
思っていることを上手く言葉にできないなんて初めてで、ロイはどうにもできない遣り切れなさに唇を噛む。
この腕の中に引き摺り込むのは簡単だったが、そうして良い状況で無いのだと急く指先を押し留めた。
エドワードは変わらず真っ直ぐな視線をロイに向け続けていて、ふと、その強気な瞳を柔らかく和ませる。
ちぐはぐな小さい手がそれをそっと包み込んだ。
「何か怖いことでもあった?ごめんな、もっと早くこっちに来れてたら…。」
「違う、違うんだエディ。」
「大佐?」
「私を嫌いにならないでくれ…、私は君と過ごす時間が大好きなんだよ…。」
「は?嫌いって何だ?!」
勘違いはあったが、少女に触れて貰えた事で少しだけ気持ちを持ち直したロイは、必死でそれだけを伝えた。
反応を恐々伺えば、意味が全く解らないといった風情で可愛らしく首を傾げるエドワード。
金色の後れ毛が頬にさらりとかかって、薄暗い場所だと言うのになけなし程度に輝く電灯の明かりが反射してきらきらと光る。
「俺が大佐をどうやって嫌うんだよ。ワケわかんね。」
「だって君…!」
「そんだけはありえねぇよ。」
当たり前だと言わんばかりにさらりと零れた言葉は、優しくロイの心を慰撫した。
「君が出て行ってしまったから、てっきり嫌われてしまったのかと思って…。」
「焦った?」
問い掛けに、素直にこくりと頷く。
「だってあんた俺を見て怯えたような顔すっから…。」
「すまなかった…。」
「謝んなくていいよ。俺、これから先も絶対に大佐を嫌いになんてなれねぇもん。それに…諦める気なんてねえし。」
「じゃあなんで…。」
「大佐が昨日一緒にいた女の人すげー綺麗だったし、柔らかそうで女らしくて…。でも俺はアルを元に戻してやるまでそんなんできない。」
「あんな女っ!」
「…で、そんなら作戦変更して、今は一旦引いたほうが得策かと思ったんだよ。」
「得策?」
「そう。だって手足取り戻したら俺だってボンキュッボンになる予定だし!」
ぱちくりと一つ瞬きして、想像もできない驚きの発展を、ロイの手を握ったまま豊かな表情で熱く語るエドワードに視線を注ぐ。
確かに機械鎧のせいで発育が上手くいっていない部分はあるかもしれないが、大人になっても乳房の大きさなど様々で。今現在のエドワードの大きさは見たわけではないので解らないがブラもさらしも巻いている様子はないようなので大きいとはお世辞にも言えないだろう。
しかし同じくらいの女性だって少なからずいるのだ。
鍛え抜かれた筋肉を見る限り、そんなに巨乳になるとは思えなかった。
むしろそんなエドワードが既にまるごと愛しいと感じてしまっているので、女らしいたおやかさなど二の次だと思ってしまっていたので、そんな事を言い出した彼女に困惑した。
「そしたら女らしい仕草とか研究して、再度アタックしようと思ってたんだ。俺は諦めが悪いの、アンタが一番良く知ってるだろ?」
そういえばそうだった。
この少女は、伝説だとすら言われていた賢者の石を、ひたすら前を向き捜し求めているのだ。
それに比べれば、どんな障害があったとしてもいつかロイを手に入れる位簡単にやってのけるだろう。
少女の男顔負けの思いつきの良さや、それでいてどこまでも女らしい発想展開、己の間抜けさも、杞憂に終わった思いも。
全部が面白くておかしくて、ロイは笑った。
今まで一方的に寄せられる恋愛感情ほど面倒なものは無いと思っていた。
しかし揺るがず己に向けられる想いがこんなにも心地よいなんて。
それほどまでに、この子供に心を奪われていたなんて。
口元を押さえ、それでも笑いは止まらず。
馬鹿にしていると勘違いされたら困るな、と少女を見れば、何故かとても幸せそうに微笑んでいて。
「今日は大佐が初めて俺に本当の顔で笑ってくれた記念日だ!」
「―――――!!!」
無邪気に喜ぶエドワードに、今度こそロイは完全なる敗北を感じた。
握られた手をやんわりと外し、そっと小さな身体を抱き寄せる。
突然の事に慌てて引き剥がそうとする少女を逃がすまいと益々力を込めて。
遠慮などしなくても、抱き潰されたりしない、ふわふわと柔らかなエドワードを堪能しつつ、そっと耳元で囁いた。
「女らしくなどならなくたって、もう私は君に惚れてるから…是非そのままでいてくれないか?」
「た、大佐??」
「好きだよ、エディ。」
茹蛸のように真っ赤に染め上げたエドワードの愛くるしい唇に己のそれでそっと塞ぐ。
初めての口付けは、色気も素っ気もない、叩きのめされた暴漢の転がった裏路地で交わされたのだった。
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