20万HIT記念集中連載03-1







エルリック姉弟が旅立ってまた一ヶ月。
実質上、東方司令部最高司令官である、ロイ・マスタング大佐は大いに呆けていた。
深く刻まれた眉間の皺。
日増しに増えてゆく溜息の数、机の上の書類の山、ホークアイの発砲数。
何が彼をそうさせているかなど、司令部一同解り過ぎと言うほど解っているのにも関わらず、触れることは許されない状況にある。
それはホークアイが敷いた緘口令のせいなのだが、相変わらずすっぼけた彼らの上司は一切自分の心の機微には気付かないでいて。

そんなに嫌ならきちんと突っぱねるなりなんなり、はっきりとした態度を取ってやれば良いものを。
いくらお気に入りの子供だからと言って、あそこまでしつこくされたら誰だって弱ってしまうに違いないのだ。

その考えが間違えたものだと気付いているのはホークアイ一人だった。
それ故の緘口令だったのに…。





このままでは仕事も残業も増える一方。
そろそろ状況打破を話し合い始めた時、なんとも良いタイミングで元凶でもある鋼の錬金術師がイーストシティ入りしたとの報告が入った。

喜び勇んで司令部に直行してくるであろう、最強の少女と話し合うべく、上司二人に気付かれない様足止めをする。
そんな役目は恐ろしくて誰もが御免だと言う中、じゃんけんで負けたのは今日も運気最悪のハボック少尉で。


「頼んだぞハボ!」

「お…ぅ…任せとけって…。」

「元気出して行って下さいね、そんなんじゃ負けちゃいます!」

「フュリー、お前人事だと思って…。」


仕方ない。所詮ヒトゴトなのだ。

がっくりと肩を落とし部屋を出てゆくハボックは、全員に檄を飛ばして見送られ、諦めの境地に入っている。


「少尉のお陰でいつも私たちは危ない懸案を回避できますね。」

「あいつの運の悪さは天下一品だからな。」

「でも、少尉でエドワード君の想いを止める事はできるんでしょうか?」

「「「……………。」」」









エドワードからの電話を取ったのはブレダだ。
聞けば、ひとまずいつもの宿に部屋を確保し、荷物を置いてから弟と一緒に来ると言う。
ハボックは定期巡回に行ってくると嘯き出てきた手前、徒歩で姉弟が定宿にしている宿屋へと向かっていた。


もう少しで宿屋、という所まで来て、ハボックはありえない光景を目にする。
執務室に缶詰にされ、ホークアイに銃口を向けられながら書類を捌いている筈のロイが何故だか知らないが目の前にいるのだ。
しかも、美しい女性を伴って。
相変わらず絵になる姿に、悔しさが滲んだが今はそれどころではない。
女の細く白い腕が、上司の軍服の腕に絡むのを横目で見つつ、当初の目的を果さんとそのまま先を急ぐため足を一歩前へ出した矢先、何者かに背中にしがみ付かれた。
勢いがあったせいか、ハボックの大きな身体は少々前に傾いだが倒れる事はなく。
それもこれも軍人のプライド故なのだが。

腰に回った小さな腕。
赤い袖口に掌を包む白い手袋…。


「大将か?」

「おう!一ヶ月ぶり、少尉。」

「こんにちは、ハボック少尉。」

「危ねえな、ちょっとびっくりしたぜ。」


相変わらず小さな子供と、付かず離れず寄り添うように居る鎧の弟の無邪気な様子に、思わず笑みが零れる。
くすくすと笑うエドワードの純粋な笑顔があまりにも可愛らしくて、これから言わんとしている事を思うとじくりと胸が痛んだ。
こうしているだけなら普通の可愛い女の子なのにな…。
そこまで考えた時、ふと直ぐ傍に件の上司が女連れで歩いているのを思い出しハボックは全身から冷や汗が噴出すのを感じた。


「た、大将!お茶でも飲みにいかねぇか?」

「は?今から司令部行くんだけど…。」

「や、もう特大パフェでも何でも奢っちゃるし!な?」

「あ、兄さんあれ大佐じゃない?」


馬鹿アルフォンス!!

「え?どこどこ??」と大好きな男を一目見ようと身を乗り出した瞬間、視界が暗く影を落とす。
目の前に立ち塞がったのは案の定ハボックで。


「見えないよ少尉!俺の恋路を邪魔するつもりなら少尉でも許さねぇからな!」

「や、そうじゃねぇって!」

「兄さん…やっぱり大佐じゃなかったみたいだから、少尉とお茶飲みに行こうよ!喉渇いたって言ってたじゃない!」


どうやら大佐が女性と腕を組んでいるのに気付いたらしいアルフォンスが機転を利かせてくれたようだ。
弟とタッグが組めればこっちのもんだと、エドワードの両肩を掴み、ぐいっと方向を換える。

その強引な方向転換に、エドワードは戸惑い、ぐっと足を逆方向へ力を込めてその場所に押し留まった。


「なんだよ、お前ら強引!俺司令部の皆に差し入れ買いたいんだから少しくらい待ってくれたっていいだろ?」


「何買うのさ。」

「うん、あそこのドーナツ…や……たいさ?」

「あちゃー……。」

「兄さん…っ。」


行きたかったドーナツの店は、運悪くロイが女性と腕を組んで立ち話している方向にあった。
それきり黙って立ち尽くすエドワードに、必死で話し掛けても反応は返ってこない。

男より男前な気質を持った少女である。
きっと叫んで殴り掛かるくらいはするのだと、ハボックは頭を抱え、なるようになれと覚悟を決めた。

しかし。


「大佐と一緒にいる女の人…綺麗だなぁ…。」

「たい…しょう?」

「やっぱり女の人はああでなくちゃいけねぇよな…。」


予測したのとは全く違う反応と声に、慌ててエドワードを見れば、そこには何故だか清々しく笑う少女がいて。


「なんだ、お前ら気にしてくれてたのか?馬鹿だなぁ、俺が普通の女の人に敵う訳ないじゃんか。知ってるよ、そんな事。」

「そ…そんなことないもん。姉さんの方が全然綺麗でかっこいいよ…。」

「そうだぞ、大将の方が本当に可愛いし男前だ!」


取ってつけた様な雰囲気になってしまったが、アルフォンスもハボックも本気で言っていた。
凛と前を向き、己の罪から逃げる事無く進み続ける少女は、生き様も、背筋を伸ばして足を地に付ける姿も美しいと以外表現できなかったから。


「いいって、解ってた事なんだ。相手にされる訳ねぇの。」

「やめろそんな言い方!」

「そうだよ姉さん!」


寂しそうに、でも自分を心配してくれる二人が嬉しいのだろう、まるで蕾が花開くように笑った。
顎に手を置き、考え込む仕草をして、エドワードは再び口を開く。


「でも大佐、随分前に見た時一緒にいた女と違う人連れてるんだよな…。」

「だろ?だよな!あの人いつも本気じゃねーからあんなんばっかで、だから気にしないでいいんだぜ?」

「うん、気にしてねーから!ありがとな、少尉、アル!」


それでもこの一途な少女は、あの女癖の悪い男を想い続けるのだろうか。
そう想ったら沸々と怒りが沸いてきて、ハボックは苛々と咥えていたタバコを踏み締めた。


「あ、そうだアル。図書館やっぱ今日にしようぜ?大佐デートだったらどうせ司令部行ってもいないだろ。」

「う…ん。そうだね兄さん。」

「じゃあ少尉、明日行くから皆にもそう伝えておいてよ。」

「解った。また明日な。」


姉弟は元気に手を振り、ハボックと別れ当初目指していたのとは逆の方向に歩き始めた。
やり場の無い怒りが、どうにもハボックを蝕んで、なんとか大佐に一矢報いなければ気がすまない所まできてしまい、紛らわす事などできはしないのに、気休めにはなるだろうと胸ポケットから煙草を取り出し一本口に咥えた。
火を点け、深々と吸い込む。
思ったとおり、心の蟠りが消える事はなく。


(後で燃やされるかもしんねぇな。)


でも、可愛い妹分であるエドワードに、あんな表情をさせた罪は重い。
ハボックはよし、と気合を入れて、女と話し込む大佐の方へを歩いて行った。


「大佐、何してんですかこんな所で!」

「ハボック!」

「中尉の目を盗んでまた抜け出したんっすね?」


ちろりと不穏な視線を投げかければ、一瞬逸らそうとしたのを付き合いの長いハボックが見逃す筈は無い。
ロイはバツも悪そうにひょいと肩を竦めて見せた。


「…いや、巡回に決まってるだろう?」


あら?と見上げてくる女性の視線を気にしたのか、ロイは勤めて平静にそう言い放つ。

その飄々とした態度に、いつもは軽く受け流す長身の部下が、苛立ちを募らせた事に気付きもせずに。


「………。」

「ハボック?どうかしたのか…、まぁいい、私はこのまま自宅へ帰る。その旨中尉に伝えておいてくれ。」

「は?まさかこのままデートにしけ込もうってんじゃないっすよね?」


ふと見れば、ロイが己の為に仕事を切り上げてくれるのだと自惚れた女が頬を染めて上司の腕にしな垂れかかっていた。
見た所20代前半のようだが、妙に厚塗りの化粧と香水の香りが鼻につく。
普段のハボックだったら気にしないどころか、お願いできる事ならしたいような匂い立つ女の筈だった。


「エド帰ってますよ。」

「…!本当か?」

「ええ。」


瞬間で表情が一変したロイを冷たく見下ろした。
嫌なんだろう?なんでそんなに嬉しそうに笑うんだ。


嬉しそう…?あれ?


まじまじとロイの表情を伺っていると、ふと脇で腕にへばりついている女に視線を送り、それはそれは胡散臭い笑顔を浮かべた。


「じゃあやはり今日はこのまま直で帰るとしようか…。鋼のは…」


ああ、そうか。
そういうつもりなのかとハボックは先程のエドワードの儚げな表情を思い浮かべ、憤りを深めた。
ここはひとつこの男の顔を潰してやらない事には気が済まない。


「ああ、解りましたよ。大佐は大将をわざと傷つけて遠ざける為にここにいたんッスね。」

「…は?貴様何を言っている。」

「だってそうなんでしょ?大丈夫ッスよ、あんたの思惑通り大将はアンタ達の姿を見て司令部に行くのは明日にするって別の場所へ向かいました。良かったじゃないですか。」


自分の物言いが刺々しくなるのを止められない。
後で消し炭にされたとしても、今言わないといけないのだと正義感にも似た感情に囚われていた。


「―――――っ!!鋼のがここにいたのか?!」

「ええ、いましたよ。中尉には伝えておきますんで、どうぞデートでも何でも楽しんで来てください。じゃ、俺はこれで。」


重苦しい空気が漂う中、青褪め立ち尽くす男を置き去りにハボックは颯爽と踵を返した。







2へ

お題提供元様→



ここから最後まで一連のお話になります。
明日も更新。
自分で書いた昔の話しに似たようなエピソードがあったのはご愛嬌ですよorz


2007/4/7 pana








(C)2005-2006 Only 4u<Pana> All Rights Reserved