旅をする猫 続編
その存在の大きさに。
※このお話しはパラレルです。苦手な方は回れ右、大丈夫な方はこのままスクロールしてやってください。
















































忙しなく人が行き交う年の瀬。
東方司令部内もご多分に漏れず、様々な事件事故に人員は割かれ、誰もが疲れ果てたような表情で、しかし休む事なく労働に従事していた。

その中でも特に異彩を放ったのはロイ・マスタング直属の部下が詰める司令室で、他の部署と変わらぬ忙しさなのにも関わらず、どこかそわそわとした雰囲気に包まれている。
それもその筈。
今年最後の今日、新しい年を一緒に迎えたいという上司の一存で、彼の家に住んでいる(本人達は飼われていると思っている節もあるのだが)可愛い子猫が二匹…いや、人型を取っているので正確には二人が執務室の中で退屈そうにじゃれ合っているのだ。
いつもならば暇な人間が常に構い、遊んでやったりしているのだが、今日だけはそうはいかず、部屋の隅っこで並んで静かに暇を潰している。
常人よりも賢い子供達は状況判断に長けていて、しっかりと現在の状態を把握しているのだろう。


それでもやはり猫は猫。
しかも子猫なのだ。


じっとしているのは辛いし、気まぐれにも普段はどうでもいいくせに、構って欲しい時に構って貰えないのは悲しくて仕方なかった。
姉弟一緒にいるのがせめてもの救いだったのだが、最初は動き回ろうとする姉を諌めていた筈の弟でさえ、もじもじと尻尾を揺らし始めている。
そんな姿を目の当たりにして、二人を文字通り猫可愛がりしている実質上東方司令部最高司令官でもある筈のロイ・マスタングが黙っていられよう筈も無く。
何度と無く書類が山と積まれた机を離れては、その度に腹心の部下の銃の洗礼を受けているのだった。
しかしそわそわしているのは部下も同じで、一様に皆ちらちらと横目で姉弟を見遣っては、溜息を吐き書類に目を落とす。
ロイに冷酷な表情で銃を向けていた筈のホークアイでさえ同じ行動を取ってしまう程にここの人間達は二匹の猫を大切に思い、愛しちゃっていたりした。
遊んであげたい、でも仕事は減らない。
そんなジレンマを抱えたまま、夜はゆっくりと更けてゆく。

「あるぅ〜俺ロイの膝の上に乗りたい〜!」

「だぁめ!僕だってリザさんのお膝の上乗りたいの我慢してるんだよ?もう少しなんだから我慢しようよ。」

「むりぃ〜…」


部屋の隅とは言え、ころんとうつ伏せに転がって足をぱたぱたと揺らしている姿は気が抜ける。
アルフォンスにも言葉程余裕があるわけではないのが、完全にぺたりと伏してしまっている猫耳からも伺えた。
何時出動か掛かるかも解らないという、例年ならば緊迫した雰囲気に包まれている筈のこの場所が、ほんわかほのぼの空間と変貌を遂げているのだ。


「ちゅ、中尉…そろそろ休憩は…。エディがね、可哀想じゃないかね?」


別にそんなに噛んで含めるように言わなくても良いだろうという程、どこか切迫した雰囲気まで醸し出し言い募る上司に。


「駄目です。私だって我慢しているんですから大佐も我慢してください!!」

「うっ…。」


冷酷なまでに言い切った部下もどことなく目が泳いでいて、耳にタコが出来るほど取り交わされているこんな二人の遣り取りを一度でも耳にした者はこの部屋にどうしてもたった今決裁して貰わねばならない書類でもない限り近づこうとしなくなっていた。



その時だ、無常にも館内に響き渡るサイレンの音。
ガタンを音を立てて何人かの部下が立ち上がった。
それはどこかで大きな事件があったということで、ロイは諦めた様に溜息を一つ吐くと、表情を引き締め内線の連絡を待つ。

じりりりりん

けたたましい音を響かせ鳴った電話の受話器をホークアイが取り、理路整然とした口調で内容を聞き出すと、静かに戻し、ロイに向かい合う。

不安げな表情…というよりはわくわくと高揚した風情で成り行きを見守っていた二匹の猫が、足音も立てずに司令官の机の傍まで駆け寄った。
既に机の周りは長身の部下達が囲んでいた為に、誰一人それに気付かない。


「立て篭もりです。場所は東8番街の個人が運営している博物館、人質はそこに住み込んでいる館長一家3名。犯行声明はまだ出ておらず、複数であるという事以外詳細は不明です。」

「ケットファー記念博物館、か。一体何が目的なんだ…残念ながら私は一度も行った事が無くてね…あそこには何がある?」

「俺らにそんな暇ある訳無いじゃないっすか。」

「個人所有なだけに見取り図なんかもありませんからね。これはちょっと難儀だ。」


顔を付き合わせて重苦しい空気を醸し出す大人たちを他所に、ほんわかムードを纏ったままの子猫たちがちょこまかと動き始めた。
エドワードは大きな紙を取り出して勝手に床に広げ始め、アルフォンスは二本のマジックをハボックの机から拝借し、エドワードの脇に座る。
姉猫が両手をぱちんと合わせて指先を床に置くと、50センチはあろうかという長い定規が現れた。
突然なにをおっぱじめたのかと始めはぽかんとして見ていたものの、子供の遊びに気を取られていては時間がロスするばかりで、再び空気の比重を重くしてゆく。

「俺二階やる。」
「じゃあ僕一階!」
「どっちが早く書き終わるか競争しねえ?」
「あ、いいね。早く書き終わるし一石二鳥だ!」

『よーい、すたーと!』


可愛らしい少年の声がスタートの合図を告げた。
きゅっきゅっ。
紙の上をマジックのフェルトが滑る音が響く。
きゅぃ〜っきゅっ。
可愛らしく軽快な音に、せっかくの張り詰めていた緊張感もどこへやら、いつの間にか皆の視線が二人の行いを見守ってしまっていた。
直線ばかりの絵。
絵というにはあまりにも無機質なそれに、ふとロイは首を傾げる。
普段、子猫たちがお絵かき遊びをする時は、決まってその時一番のお気に入りを描いていた。
同じものをモデルに描くというには2人の個性はあまりにも掛け離れていて、不審に感じてしまうのは仕方が無い。
耳と尻尾をご機嫌に揺らしながら、鼻歌交じりに物凄い勢いで描きしたためられてゆくそれは、まるで何かの設計図のようで。


「僕いちばん!」

「あー!汚ぇぞ、そっち部屋数少ないし隠し扉一個じゃんかー!」

「だって姉さんが先に選んだんでしょ?僕知らないよ。」


ぶー、と唇を突き出し拗ねてはいるが、相変わらず手の動きは止まらない。
最後の斜線を引き終わり、エドワードはよし、と満足げに頷いて立ち上がった。


「アル、地下はどうする?」

「地下っていってもあそこは大きな部屋が一つだけだし、別に入り口だけ書いてあれば良いと思うよ?」

「だな。」


二匹の猫が額を合わせ、何やら小さな声でごにょごにょと話し始め、そこで漸くぼうっとしていた事実に気付いた大人たちは慌てて本題に入る為意識を逸らした。
しかし何事も状況が見えぬままでは話しにならないと、とりあえず今出来る事をする為に動き始める。


「あ、まってください!」

「これこれ、これみてー!」


慌てたように司令官の机の上に投げ出された二枚の大きな紙。


「エディ、アル、お絵かきなら後で沢山褒めてあげるからとりあえず…ってこれは何だ?」

「見取り図。俺達そこにも行った事ある。」

「あそこ?」

「ケットファー記念博物館です。館長さんがとても良くして下さって。」


動き始めていた部下達もその声を聞いて慌てて元の位置に戻ってきた。
ブレダは顎の無精髭を撫でながらまじまじとその図面を見て、完成度の高さに唸り声を上げている。


「素晴らしいですね…。」

「これ、どこに何が展示されてるかまでばっちり書き込んである…。」


頭をわしわしと撫でられ褒め言葉を沢山貰って、ご満悦の猫たちはえっへんと胸を張ってその説明を始めた。
時に人間以上の知能の高さを披露する子供達だ、今更驚く事ではないとは思ったのだが、詳細に展示物の並び順一つ一つまでに話が及べば記憶力の高さに感嘆するしかない。
紙面上を見るに一階が大きな間取りを壁で仕切ってある、所謂美術品を展示して一般公開している場所。
二階はプライベートスペースのようで、別れた部屋には扉が設えてある。
そこかしこに倉庫のような部屋があって、それぞれ仕舞ってあるものも解るようになっていた。


「俺が思うに、狙いはここかなって。」

「僕もそう思うよ。他はなんてことない古美術ばっかりだったもんね。」

「狙われる要素はねえな。」


二人が指差したのは一階の展示場ではなく、二階の居住スペースにある不思議な空間だった。
設計図上そこに扉があるとは思えないが、無駄な面積を取っている区画があった。


「ここかい?」

「うん、そう。そこは壁を錬金術で細工してあって普通の人には中に入れないようになってるんだ。」

「そんなに難しい術ではないので、多少錬金術の嗜みがあれば開けられると思います。多分作ったのは館長さんだと思うんですが…。」

「館長も錬金術師なのか…。」

「普通の人に毛が生えたようなものですけどね。」


二匹の猫が自分たちが使うのとは微妙に異なった人間の錬金術に興味があって旅を始めたという経緯を知っているのでなるほど、と相槌を打つ。
それならばここに訪れたのも頷けた。


「この部屋には何が?」

「館長さんの個人的趣味の古い書物や資料が置いてありました。」


同意するように姉猫も縦に首を振って、弟の言葉を継いだ。


「ここにあるのは、大昔戦争で使われた錬金術の資料なんだ。館長には使いこなす程の知識も才能も無いからどうこうできるものじゃないんだけど、ほら、戦闘に使えそうな術式は得てして図柄が綺麗だろ?そんで集めてるって言ってたぜ。」

「………なるほど。」


ふと己の手に嵌められたサラマンダーの錬成陣に目を落とし、ロイはきゅっと口元を引き結ぶ。
エドワードは少し考える素振りをすると、にかっと笑い、ロイの手をそれより遥か小さなそれで握り締めた。
嬉しそうにゆらゆら揺れていた尻尾がだらりと床に落ちてしまっている。


「どれもこれも現在の技術から見たら使えないシロモンばっかりだった。それに…。」

「姉さんが使い物にならないように内緒で全部上から陣を書き換えちゃったんですよ。全く、悪戯が過ぎると思いませんか?」


悪いなどとは思っていないのだろう。
むしろ誇らしげに笑みを浮かべ、アルフォンスはエドワードの耳を軽く引っ張って見せた。
それを受けて、やはり悪びれもせずけらけら笑いながら。


「館長気付かねえんだぜ!ったく、知識もねーのに物騒なもん集めやがってさ。」


二人の笑顔に漸くロイも笑みを浮かべ、エドワードを己の膝の上に抱き上げるとぎゅうぎゅうと抱き締めた。
おそらくテロリストの中には錬金術師がいて、その武器になりうるだろう書物が目的なのだろう。
しかし全て書き換えられているというのならば、術師の程度は解らないが一つの不安は払拭される。


「いい子だ…本当にいい子だね。愛してるよエディ、アル。」

「えへへ…。」

「悪戯褒められたの初めてだね!姉さん!」

「そういえばそうだ!」


エドワードは放置されていた分、短い時間ではあったが思う存分ロイの胸に擦り寄って甘え、アルフォンスも他の面々に沢山撫でられて喉を鳴らした。
連絡の電話でその一時は終了してしまったが、皆の役に立てた嬉しさと興奮で、大人たちが出動してしまった後も楽しく時間を潰す事ができたのだ。












影で活躍した二匹の猫のお陰で、事件はあっというまに収束を見せ、現場検証の指示に残った二人の少尉以外二時間程度で司令部に戻る事ができた。
どんなに早く解決したとしても、ロイに送られてくる書類の数は事件の報告書を含めて、当たり前に増える一方で、帰りの許可が副官から出たのは夜も明ける頃。
既に二匹の猫はロイの専用仮眠室にあるベッドで、ロイの匂いに包まれて仲良く眠りについていて、見に来たロイは安堵の吐息を漏らした。

ふくふくと笑みを浮かべ、手を繋いで眠る二匹の子猫。
見ているだけで眠気を誘う光景だ。
ロイは一つ欠伸をすると、後に立ってやはり様子を見に来ていたホークアイに伺いを立てる。


「私もここで寝てしまっていいかな?」

「家に戻られてゆっくりお休みになったほうが宜しいのでは?」

「しかし二人を起こすのは可哀想だ。だからといってもうね、この子達がいないと熟睡できないのだよ。」

「熟睡………ですか。」


困ったように眉尻を下げる上官に、ホークアイは嬉しそうに笑みを浮かべ、こくりと頷いた。
イシュヴァールの内乱を経て、ロイと共にしてきたこの数年間、ホークアイは一度として眠っているこの男の姿を見たことが無かった。
それはその間も常に気を張り続けているということで、人の気配を敏感に察知しては目を覚ましてしまう。
それを思えばこの状況の何と喜ばしい事か。


「この子達がいればお体が休まるのでしたらどうぞここでお休みになって下さい。」

「ありがとう。後を頼むよ。」

「はっ。」


音を立てぬよう静かに閉められた扉の内側。
ロイは上着を脱ぎ、腰の泥除けを外して無造作に置いてあった椅子に投げ掛けると、そっと掛け布を持ち上げる。
熟睡していたと思っていた子猫達がうにゃうにゃと繋いでいる手を離し寝惚けながら中央に場所をあけてくれた。


「ろ…い…。」


可愛らしい寝言にロイは幸せそうに微笑むと、極力揺らさぬようそっと中央に寝転がり、きちんと布を掛け直して上からぽんぽんと叩く。
温もりを感じたのか、二匹は同時にごそごそと動き始め、ぐっと顔を寄せると、エドワードは唇に、アルフォンスは頬にちゅう、と音を立ててキスをして。
いつもの定位置に各々身を寄せ、再びすやすやと寝息を立て始めたのだった。
待っていてくれたのだろうか。
2人の尻尾が嬉しそうに揺れている。
腕枕をしているエドワードの耳に触れてみれば、勢い良くぴこんと跳ねた。
その動きにくすくすと密やかな音で笑って。


「エディ、アル…おやすみ。」


小さく呟くと、そのまま目を閉じ、ロイは二人をぎゅっと抱き締めて眠りに落ちていったのだった。





END
お久しぶりの旅猫更新です。
読み返してみたら、なんかロイの安眠話になっている様な気がしました(笑)
入稿が終わったので息抜きにほのぼの。
季節感がないのは、実は正月に書こうと思って放置していたからです。
でも正月ではないので、正月エピソードは削っちゃいましたけど。
お楽しみ頂けたら幸いです。

pana 2007/8/8








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