◆安荘様に捧げます…◆








まだ信じられない、本当に驚くほど遠く、遥か高みの目標だった。
悪夢に魘され、涙を堪え、前へと進み続けた日々に、今一つの区切りを…。




















「成功………か?」

「に……さ…ん…」

「アル!アルフォンス!!」

「兄さんっ!!」


触れる指先は馬鹿みたいに震えて、つい先程まで鎧の姿だったアルフォンスの肌を滑り落ちた。
暖かい温もり。
その身体は衰弱こそ然程無いものの、栄養が充分ではなかったのだろう細く細くまるで強く握ったら折れてしまいそうな程。

でも抱き締めたくて、その熱を感じたくて両手を目一杯伸ばした。
緩慢な動きで持ち上がった弟の掌を己のそれで強く握り締める。


ぐっと込み上げてくる熱いもので、鼻の奥がツンと痛み落涙の一歩手前。
でも既にアルの顔は涙でぐちゃぐちゃで、俺が眉尻を下げくすりと笑うと、拗ねたように唇を尖らせた。

そうだった、こんな表情でアルは拗ねるんだ。
怒って、笑って、そんなありとあらゆる表情が。
走馬灯ってこんな感じなんだろうな、なんてふと考えたりして。
思い出して感慨に耽っても良いこの現状に、どっぷりと浸りたいと思った。


そっと背中に手をまわし、抱き締めてみた。
確かにここにある、充足感。

頬に舌を這わせてみればしょっぱくて、俺は馬鹿みたいにべろべろと顔を舐め続けた。
涙も、汗も、鼻水すらも、汚いなんて思わなかった。
くすぐったそうに首を竦めたアルも、少し間を置いておずおずと俺の首筋に顔を埋め、舌先を伸ばしてくる。
ちろんと触れては引っ込め、また触れて…嬉しそうに声を出して笑う。


「兄さんの味だ…!」

「うん、うん。お前の味だな。」


じんわりと、ゆっくりと浸透してゆくアルフォンスの存在に、ほう、と息を吐いた。
舌が這う濡れた感触、頬をくすぐる柔らかな髪。
日に当たっていなかった肌はどこまでも白く、不健康なほどで。
これからは毎日日光浴だな、と、そっと伸びきった金髪に鼻先を埋めてみる。

くん、と鼻を鳴らすと、アルフォンスも真似て同じように鼻を鳴らした。


「兄さん、またお風呂サボってたでしょ…。」


くすくす笑いながら、でも嗅ぐのを止めないアルに、俺はバツも悪く笑って誤魔化し
「そう言うお前も結構くせぇぞ?」
とわざとらしく顔を顰めて見せた。

まだまだ足りない、もっと触れなきゃ…今までの分を全部埋め尽くすほどに。
なのに疲労からなのか、俺達は段々と眠りの波に攫われてゆく。


「シャワー…浴びて今日はもう寝るか。」

「ううん、このままがいいよ。兄さんの匂いもっと感じていたいんだ。」

「臭いのに、か?」

「臭いのは兄さんいつもでしょ…この分じゃ。」

「ちげぇねぇ。」

「皆に嫌われない程度にお風呂入りなよね?」

「気が向いたらな。」



何年ぶりかの凪いだ空気。
あの頃はこれが当たり前過ぎて気が付かなかったんだ。
死んでしまった母さんよりも、今目の前で生きていてくれるお前が大事だっていうことに。



俺は離れたがらないアルフォンスの身体を優しく宥め、そっとベッドまで運んでやった。
全裸のままでは風邪を引いてしまうかもしれない。
部屋の片隅に放りっぱなしのトランクを開け、アンダーとトランクスを出す。


「使い古しだけど我慢しとけ。……それは洗ってあるから!」

「えー、本当に?」

「…う…、多分。」


けらけらと笑って、しかし口ほど嫌がる事はなくアルはそれらを身に付けた。


「兄さん…少し小さいみたいだよ。」

「なんだとぉ??」

「あ、でも入るから!気にしないで、ね?ね?」

「ちくしょっ!ぜってーお前抜かす!!」


鼻先に人差し指を突き付け、ふんぞり返って言い放つと、アルフォンスは嬉しそうに一つ頷いて俺に向かって両手を広げる。
その腕を取ろうと手を差し伸べた瞬間、視界の端に横たわる大きな影。


それは今はもう、動く事の無い大きな鋼の鎧で。


俺は万感の想いを込めて、心の中で呟いた。


『アルの魂守ってくれて、ありがとな。』



漸く腕の中に戻ってきた俺を、アルフォンスは満足気に抱き締める。
左腕を首の下に敷いて、肩口に頭を乗せてやれば、再びふんふんと匂いを堪能し始めて、そんな弟が愛しくて堪らないと心から思った。

目の前にある白い額に音を立てて口付ければ、アルもまた俺の頬に口付けて。

そう。子供の頃の思い出は、もう感傷ではないのだ。

いつの間にか寝息を立て始めたアルを胸に抱き、髪を梳いた瞬間、大きく肩が揺れた。
知らず知らずほろりと伝った涙の雫が米神へと落ちて、自分がしゃくりあげたのだと気付く。


拭わないでいい、このまま流れるだけ流れてしまえ。
抗えない睡魔に身を委ね、俺は時折腹筋を揺らしながらも目を瞑った。




















夢の中のアルフォンスは、もう子供ではなく、ガリガリに痩せてはいたけれど幸せそうに微笑んでいた。

犯した罪は忘れない。
けれどここから先は、この笑顔を守る為に。













END










「くっさぁぁぁい!何この部屋っ!!」


聞きなれた少女のがなり声で一気に脳が覚醒する。
ゆっくりと目を開け、右手の甲で擦ると、バン!と大きな物音。


開け放たれた窓からは燦々と朝の光りが降り注いでいる。

眩しくて細めた視線の先に、ウィンリィが仁王立ちしていた。


「ちょっと、何この部屋!アンタ達くっさいのよ!!風呂くらい入ってから寝てよね?もう最悪っ!…ってあれ?………アル、なの?」


優先順位を著しく間違えて、やっとベッドの上の現実を見たウィンリィは、何度も何度も目を擦りそれはもう盛大に泣き始めた。

まだ旅は、闘いは終わらないのだと知っているけれど、一つの目標を達成できた愛する兄弟の姿。
嬉しくて、胸がはちきれそうで、我慢なんて出来るはずもなく、感情のままに泣き声を大きくした。

アルフォンスはベッドから足を降ろし、ゆっくりと近づいて頭に手を乗せる。

「ウィンリィ、ありがとう。」

「………。」

「もう泣かないでよ。ね?」

「………く………。」

「く?」

「くっさいわ!アル、風呂直行!!あっちの馬鹿も連れていきなさいよね、ったく風呂嫌いにも程があるってのよ!」

「僕は風呂嫌いなんかじゃないよっ!!」


悠に5歩は引かれ、困ったように頭を掻くアルフォンス。

二人の姿を傍観していたエドワードはウィンリィの言葉に声をあげて笑っていた。







このお話はピュートーンの安荘様とメッセでお話している時に頂いたリクエストでした。
ロイの出てこない、兄弟だけのお話は初めてで凄く楽しく、緊張しましたですよ(笑)
素敵なイラストまでつけて頂いてしまって、幸せの極みです!!
本当にありがとうございましたー!

pana 2006/7/29








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